銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ
 


       




 それは軽快にリンクを蹴って加速をつけ、正面へなめらかに直進していたものが。勢いと呼吸の間を合わせてのこと、くるりとその身を反転させると向きを変え、後背になりつつある進行方向の中空へ、ざっと地を蹴り躍り出す。ほんの半回転、回転というより単なるジャンプに等しい技だが、それでも1時間ほど前までは、

 「あれぇ〜っ。」
 「立ち上がれません、どうしましょうか。」
 「○○様、いつの間にそんな手摺りから遠くへ。」
 「届きませんわ、どうしましょう。」
 「わたくし、
  此処で遭難して果てるのでしょうか。」
 「気をしっかりお持ちになって。」

  ………何やそれ。
(大笑)

 そんなこんなという可愛らしい阿鼻叫喚(?)に満ちている、お隣りの初心者リンクの一員だったのにと思えば、大した上達ぶりと言えて。最初のうちこそ、着地地点に当たる地点に七郎次と久蔵とで待ち構え、受け止め役にとフォローに立っていたものの、それもすぐにも不要となったほど。そうまでの成長っぷりは、誰より本人が一番嬉しいものか。着地しながら力を逃がし、短いターンを決めた ひなげしさんの誇らしげな笑顔へと、

 「ゴロさんなら着地する前に受け止めてくれてますね。」

 白百合さんがくすすと微笑み、それへ“や〜んvv”と嬉しそうに応酬する二人なのもお約束。ちょっと見には判りにくいかも知れぬレベルで口許をほころばせる久蔵へも、

 「ヒョーゴさんはどうなんですか?」

 スケートの腕前は…というの、省略して訊く七郎次だったのへ。これもまた微妙に目許をたわめて見せて、

 「得意。」

 我がことへの自慢も同然と言わんばかりの、そりゃあ嬉しそうな態度だと判るがゆえ。あらまあと思わずの苦笑が、その口許へこぼれた白百合さんだったのは言うまでもなくて。何でも、小さいころには遊園地と同じほどの何度でも、手を引かれて連れてってもらったとのことで。

 「そっか。じゃあ今の久蔵殿の運動神経は、
  榊センセが鍛えたようなもんかも知れないのか。」

 腕組みをしての鹿爪らしく、いかにも重大事なように“うんうん”と頷く平八なのへ、

 「? ♪」

 まずは“んん?”と意味を測りかねてか瞬きをしてから。すぐさま“そうだよvv”とやっぱり自慢げに目許細める、久蔵の素直さが、

 「もうもう、何ぁんて かあいらしいのかしらvv」

 余程のこと、七郎次の母性をくすぐってしまったらしく。どうしてくれようかとの萌えから、まずは“このこのこのぉ〜vv”と お友達の細っそりした肩を抱きしめてしまう屈託の無さよ。きゅうと抱っこされた久蔵の側にしても、大好きな七郎次の懐ろへと掻い込まれるのは嬉しいか、

 「〜〜〜〜〜。////////」

 ありゃりゃあと吃驚しつつも、まんざらでもありませんという含羞みに うにむにと口許をたわめるところが、

 “成程、かあいらしくって たまりませんよねvv”

 どっちもどっちと、こちらはこちらで苦笑が絶えぬひなげしさんだったりして。白百合様と紅バラ様。それは風雅で華麗な花の名を冠せられ、しかも様づけで呼ばれるほどの憧れの対象。風貌や才能に恵まれ、人柄や気性、品格も、並外れて清廉にして気高いところから、学園内でも随分と目立つ存在。特に権高な人たちじゃあない、接してみればむしろ気さくで人懐っこい人品をしておいでなのは明白なのに、

 “時たまコレだから、
  他のお嬢様はなかなか近寄り難かったりするんでしょうね。”

 忘れたころに時折沸き立つ“百合疑惑”の大根源にして、割り込むことさえ ためらわれそうな、相思相愛っぷりを窺わせる“コレ”。ほわほわと暖かいオーラにくるまれての大胆な抱擁を、傍目なんて厭うことなくの いつでもどこでもご披露しちゃう彼女らなものだから。しかもしかも、当人たちにすれば単なる“萌え”の発露に過ぎぬのだろが、こうまで麗しの美少女たちがやらかすものだから。特別なお方たちの特別な感情の共有なんじゃあなかろかという邪推をついつい招いてしまっており。そして…だからこそ、微妙な空気になったらなったで、もしやして仲たがいなさったんだろうかと、これまた過敏に周囲がざわめき立つのでもあって。意識せずとも周りを踊らせてしまえるお二人は、もはやカリスマ的な存在とも言えるのかも知れぬ。

 “でもでも実は、天然だったりおっさんだったりするんですけれど。”

 今時のファッションを追っかけるの大好きだけど、明日の予習をおろそかにしてでも、髪やお肌の手入れは欠かさないけれど。お澄まししない、ファストフードでのランチの風景にしたところで、

 『……っ☆』

 『久蔵殿は猫舌なんだから、
  コロッケでも肉まんでも
  一旦二つに割ってから口に入れなさいとあれほど、』

 『そういうシチさんも、
  よそ見しながらコショウを振らな、………っくしょい。』

 『あ…ごめんごめん。』

 少し古いめのコントのようなやりとりも日常だし、酢の物が食べられなかったり、5mm以上のご飯粒がお茶椀に残っていると気になって御馳走様が出来なかったり。不意を突かれて仔猫を見ると、影縫いの術をかけられたかの如くに ひとしきりあやさないと動けなくなったりと、結構 よくいる天然さんたちでもあるのにね。それへと滅多に気づかれないのだって、こっちが特に隠しているからではなくて、周囲の方々が微妙な一線を画す格好で遠巻きにし、ただただ眺めるという彼岸に立っておられるからに他ならぬ。白百合さんがいつぞや言っていたように、向こうが勝手に“高嶺の花”だとし、遠い存在だと決めつけているだけ。そして、そんなことないよといちいち言って差し上げるのは却って傲慢だろうからと、こっちも敢えて放ったらかしにしているというのが正しい“現状”だったりするのだが。………まま、今はそれもともかくとして。

 「ゴロさんや兵庫せんせえはOKだとして、
  じゃあ勘兵衛さんはどうなんですか?」

 上手にこなせるようになったなら、皆で遊びに繰り出すのもいいじゃないかと。平八が後ろ向きだったの鼓舞するように、そんなプランを持ち出したのは、誰あろう七郎次だったはず。とはいえ、彼女のパートナーたる島田警部補のスケート歴をそういや訊いてはなかったなぁと。久蔵殿の金の綿毛に頬擦りしている白百合さんへ、あらためて訊いてみたところが、

 「…それが。」

 表情が一瞬固まったのは、久蔵のみならず平八にも察せられ。そして、

 「無理だと思う。」

 ああやっぱり、なお返事が返って来たりして。断定じゃないのは、直接確かめた七郎次ではなかったからで、

 「だって、知り合い直してからの歳月は、
  まだまだやっと1年とちょっとなのですもの。」

 そこへ輪をかけて、あの壮年殿の忙しさ…職務への拘束率がまた、半端じゃあないと来て。だから、確認がとれた上での言じゃあないけれどという前振りをしてから、

 「たとえ得意なお人だったとしても。」

 ううう〜っと口ごもって、ちょうど間際になっていた久蔵殿の金の髪へと口許を埋めると、

 「…………ないし。」
 「はい?」

 ぼそぼそ小声で紡いだらしき何言か。聞こえませんよと聞き返せば、

 「…だから。足腰を傷めてしまわれないかと思うと、怖くて誘えないし。」
 「………っ☆」

 目が点になったのが久蔵ならば、背中を向けてうずくまり、肩をふるふると小刻みに震わせたのが平八だ。笑うんなら遠慮しないでいいですよ、ヘイさん。いやそのあの、すいません…と。これまたお約束なやり取りを交わしていたりして。

 「ちなみに、
  大戦中は北領での作戦行動時に雪山行軍のところどころで、
  スキーを履いての移動ってのもザラにありましたから、
  スキーは何とかお得意だと思うのですが。」

 どちらかと言えば水泳がお得意でしたね。南国の海辺の出だからと仰せでしたし、遠泳だったら何キロ単位で泳げると。もしかして、そんなことを実証していただいたよな機会でもあったのか。何かしらをば回想しておいでの弾み、トランス状態になりかかった白百合さんを大きく引き戻したのが、

 「年寄りの足腰自慢はアテになりませんよ、シチさん。」
 「………。(頷、頷、頷)」
 「あ〜、二人ともっ。//////」

 現実的、且つ、こきおろし的な発言と態度だったのへ、こらっとかわいらしい拳、七郎次が振り上げたその途端に、

 「〜〜〜〜っ、くしゅん。」

 久蔵殿が、ほとんど口を開かずにという、そりゃあ愛らしいくさめを1つ。サボってたワケじゃあなかったが、立ちん坊のままでついついお喋りに気を取られていたのは事実であり。

 「体を冷やしちゃいますね。」

 海水浴じゃあないけれど、氷の上にずっと立っていたのでは足元から冷えるというものだから。時々フロアへ上がって暖を取った方がいいですよと、そういやインストラクターさんからも言われていたっけ。一通りあれこれ楽しんでみていたお嬢様たちも、風邪を引かぬよう、ロビーフロアへ上がりましょうと踵を返しかかったのだけれど。

 「でも何か、この冷えようは尋常じゃあないかもですよね。」
 「そういえば。」

 自然天然に左右される屋外リンクならともかく、こういうアリーナ施設の場合、氷は特別な方式で凍らせてあるのだし、館内の空調だってそれなりの工夫がされていように。

 「すべってる途中で脱ぎ着出来るようにって、
  冬用ジャージとコートの重ね着って指示だったのにね。」

 脱ぐどころじゃない室温だよねぇと、自分で自分の二の腕を抱くようにして顔を見合わせたお嬢さんたちだったのだけれど、

 「………。」
 「? どしました? 久蔵殿。」

 唐突に立ち止まった紅バラさんであるのへと、そんな彼女を置き去りに仕掛けた歩調をゆるめた白百合さんが、肩越しに振り返って訊いたところが、

 「なんであいつ、普通のスニーカーなんだろう。」
 「え?」

 彼女が見やっていたのは、喫茶コーナーなんぞも備えたロビーフロアの一角。彼女らを引率して来た学年主任のせんせえと向かい合い、何やら言葉を交わしておいでの方々のうちの一人へで。作業服姿の職員らしいその男性は、共に立っているもう一人が、一応はブレザー仕様のフロントクローク向け制服姿なのとは対照的に、いかにも裏方担当ですという恰好でいるのだが。

 「スニーカーって、それはやっぱり動き回りやすいからなんじゃあ?」

 七郎次が、そんなところを怪訝に思った久蔵にこそ小首を傾げた傍らで、

 「あ、そっか。」

 何か閃いたものか、ポンと手を打ったのが平八だ。久蔵の言いたいことが今になって判ったらしく、え?え?と戸惑ったらしい白百合さんへ、

 「ゴム底ですよ、シチさん。
  久蔵殿が不審だと言っているのは、
  なんでゴム底の靴なんだろってことへです。」

 五輪で採用されて、日本代表の少女らが活躍したことで話題になった“カーリング”という競技がありますよね? あれって左右の靴の底の材質が違うって御存知ですか?

 「氷の上でそりゃあよくすべるゴム底と、もう片方はすべりにくい革と。
  そうしてあるのを使い分けることで、
  エッジのあるスケート靴を履かずとも、
  リンクの上で滑ることと停まることとが自在にこなせるんですって。」
 「ふ〜ん。……って、あ・そっか。」

 クローク係と違い、裏方担当ならば、リンクの上での整氷作業もあろうし、その他にも濡れているところを走り回らにゃならぬはず。だっていうのに、

 「市販のスニーカーってのは、手を抜き過ぎですよね。」

 作業毎に いちいち履き替えているものだろか。それこそ効率が悪いばかりじゃあなかろうか。此処はそういう方針だとか、今日はうっかりしていてとか、それなりに言い分けもありそうな事象ではあるが、

 「リンクの中へ妙なものが封じ込めてあったことといい。」
 「館内温度の管理が、今日に限って不調なことといい。」
 「…………。(頷、頷、頷)」

 おおお、やっぱり引っ掛かってはいたのネ、不思議な放置をされていたあのカードに関しても。油断も隙もないほどに、感覚も観察眼も鋭いお嬢様たちではあったれど。

  「…………。」

 そんな彼女らをこそ、じいっと見やっておいでの存在には、微妙に気づいてなかったようだった。





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 *眠くてたまらぬ春の到来ですが、
  今日はこちらでも日中にあられが降ったほど寒かったです。
  (はっ、そういうことは日記に書かなきゃ。)


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